大判例

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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)5363号 判決 1975年10月28日

原告

新陽観光開発株式会社

右代表者

長島由安

右訴訟代理人

田賀秀一

被告

松平商事株式会社

右代表者

松平重夫

右訴訟代理人

篠崎芳明

外二名

主文

被告は、原告に対し、金二四四万八、〇〇〇円を支払え。

原告、その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

この判決は、主文第一頃に限り仮に執行することができる。ただし、被告が金一五〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、原告

(一)  被告は、原告に対し、金四二五万円および昭和四九年八月二七日から支払ずみまで一カ月金一五万円の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

二、被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  請求原因

一、原告は昭和四八年六月八日、被告所有の別紙物件目録記載の建物部分を次のとおりの約定で借受け、同日保証金として金三六〇万円を支払つた。

(一)  賃貸借期間 昭和四八年六月八日から向う五年間

(二)  賃料 毎月金一四万四、〇〇〇円

(三)  保証金の返還 賃借人が本件建物部分を明渡した後三〇日間を経過したときに還付する。

二、ところで、原告は、都合により本件建物部分の使用が不必要になつたので、昭和四八年一二年一四日被告に通告し、被告の了諾のもとに本件建物部分の賃貸借契約を合意解約し、昭和四九年一月二五日、被告に対し、本件建物部分を明渡した。なお、本件建物部分の賃料については昭和四九年一月二五日まで支払を完了している。

三、したがつて、被告は、昭和四九年三月四日限り、原告に対し保証金三六〇万円を返還する義務があるのにかかわらず、これを履行しないので、原告は、昭和四九年二月初旬他から金三〇〇万円を月五分の利息で借受け、昭和四九年三月一日から同年六月末日まですでに金利として金四五万円を支払つたほか、被告から保証金の返還を受けて右借入金を返済するまでの間一カ月一五万円の利息の支払を余儀なくされ、さらに本訴の提起を委任した弁護士にその費用として金二〇万円を支払つた。そして、原告のかかる出損は、被告が原告に対する保証金返還義務を怠つたことによつて原告が被つた損害であるというべきものであるから、被告の債務不履行によつて原告が被つた損害として被告に賠償を求めることができるものである。

四、よつて、原告は、被告に対し、保証金三六〇万円、弁護士費用金二〇万円、昭和四九年六月末日までに支払つた金利金四五万円、以上合計金四二五万円および本訴状送達の日の翌日である昭和四九年八月二七日から支払ずみまで毎月一五万円の割合による金員の支払を求める。<以下省略>

理由

一原告が昭和四八年六月八日被告から被告所有の本件建物部分を期間五年、賃料一カ月金一四万四、〇〇〇円の約で賃借し、被告に対し保証金として金三六〇万円を支払つたこと、本件賃貸借契約は、原告の都合による使用が不必要となつたため、昭和四八年一二月一四日付の原告の申出によりこれを合意解約することとし、原告は昭和四九年一月二五日本件建物部分を明渡したこと、原告は本件建物部分の賃料については昭和四九年一月二五日分まで支払つていること、以上の各事実は当事者間に争いがない。

二原告は、まず、保証金三六〇万円については原告に返還すべきものである旨主張するのに対し、被告はいまだ返還する義務がないとしてこれを争うので、この点について判断する。

<証拠>を総合すると、本件賃貸借契約は新聞の折込広告によつて貸ビルのあることを知つた原告からの申込みにより、昭和四八年五月下旬頃下交渉のあつた後、同年六月八日に貸室賃貸借契約書(甲第一号証)を作成して契約が締結されたこと、右契約書においては、第四条において、「保証金は五カ年据置とし預託期間中は総べて無利息とする。」旨定めているほか、第十八条において、「乙は都合によつて賃借契約期間中と雖も解約することができる。その場合本契約物件を甲に於て新たに賃貸し、新賃借人よりの保証金を以つて預り保証金の返還をする。」旨、また、第二十条において、「乙が本賃借物件を完全に明渡したる後三十日間を経過して甲は保証金を還付する。」旨定めていることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、保証金返還に関する本件契約書の第四条、第十八条、第二十条の定めを比較検討すると、その文言は必ずしも統一的でなく正確性を欠いているが、「保証金は五年間据置とする。」との定めは、本件契約が中途解約がなされることなく五年間継続される通常の場合における保証金返還に関する定めであつて、本件のように原告の申出によつて合意解約になつた場合においては適用ないものと解するのが相当である。すなわち、保証金とは、通常建物の賃貸借契約に際し、賃借人の賃料債務その他の債務を担保しあるいは賃貸人の建物建設費の補充ないし負担軽減の目的のため、賃借人から賃貸人に交付される金銭であつて、契約終了の際に、賃借人の賃料、その他金銭債務で不履行のものがあれば当然その額が減額され、債務の不履行がなければ一定の消却額を控除した金額が賃借人に返還されるべきものであるところ、成立に争いのない甲第一号証の契約書の十五条と弁論の全趣旨によれば、本件保証金についても、かかる趣旨のもとに授受されたものといいうるのであるから、賃貸借契約が中途で終了した場合には、一定の期間経過後賃借人に返還されるべきものであると解するのが当事者間の負担の公平を図る上から相当であると判断する。したがつて、本件のごとく、賃貸借契約が期間満了前に合意解約された場合には、賃貸人たる被告は、賃借人である原告が本件建物部分を明渡した後三〇日を経過した時点において原告に対し保証金を返還すべき義務があるというべきである。

三次に、被告が返還すべき保証金の額について検討するに、前記契約書の第十九条においては、「保証金の償却は保証金の二割とする。」旨定められていることが認められる。ところで、賃貸借契約が中途で解約された場合、保証金の償却は一定の割合のうち建物使用期間に応じた額を支払えば足りるものと解する余地はないではないが、本件の場合、中途解約の場合に返還すべき保証金の額について特別の合意がなされていないこと、本件合意解約は原告の責に帰すべき理由によるものであること等の諸事情を考慮すれば、原告に返還されるべき保証金の額は、原告の本件建物占有期間に関係なく、金三六〇万円から二割を減じた金二八八万円であると解するのが相当である。

なお、原告は、被告に支払つた保証金のほか、被告の保証金返還義務の不履行による損害として、本訴提起のために支払つた弁護士費用、他から借入れた金員の利息の支払を求めるが、金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の額は、法律の別段の定めがある場合を除き、約定または法定利率の範囲に限られるものであることは民法四一九条の規定によつて明らかであるから、原告は、保証金の返還という金銭債務の不履行による損害として、被告に対しかかる費用や利息を請求することができないと解するのが相当である。したがつて、原告の右主張は採用し難い。

四そこで、進んで、被告の相殺の主張について審案するに、前記甲第一号証の第十八条においては、「新賃借人の入居時までは、乙は甲に賃借料の支払をするものとする。」旨の定めがあることが認められ、また<証拠>によれば、本件建物部分には新たな賃借人が入居していないことが認められるところである。しかしながら、<証拠>によれば、被告は原告から本件建物部分の明渡を受けて後、不動産業者を通じて面積三〇坪、賃料一坪あたり六、〇〇〇円、保証金一坪あたり一二万円の条件で貸ビルの入居募集を行つているが、本件建物部分の存在する松平ビルにはエレベーターが設置されていないため入居者にきわめて不便であること、面積三〇坪のうちにはポンプ室、トイレ、廊下、管理人室、機械室も含まれているため有効利用面積に比して賃料が割高になつていること等に加えて、現在経済界が深刻な不況に見舞れていることによつて入居希望者がないこと、通常の場合にあつては入居募集後おそくとも二カ月か三カ月を経過すれば入居者が決定するものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、右の事実関係に弁論の全趣旨を併せ考えれば、原告が本件建物を明渡した後現在まで新たな賃借人が入居していないのは、その原因はもつぱら被告側と経済界の不況によるものであつて原告側の事情によるものではないと認められるから、原告が負担すべき賃借料は、通常新な賃借人が入居するまでの期間、すなわちおそくとも原告が本件建物を明渡した後三カ月分に限定するのが、当事者間の公平を図る上から相当であると判断する。

してみれば、被告の本件契約書第十八条にもとづく相殺の主張は金四三万二、〇〇〇円の限度で理由があり、その余の部分は失当というべきである。

この点について、原告は、十八条後段の約定は、本件建物部分の明渡後も原告に対し不当な賃料義務を課するものであるから民法九〇条に反して無効でありまた権利濫用である旨主張するが、十八条の条項を前示のとおり限定的に解する限り、これをもつて公序良俗に反するものであるとは認め難く、また他に権利濫用と認めるに足りる特段の事情も窺われないから、原告の右主張は採用できない。

五以上の次第であつて、原告の本訴請求は、原告が被告に支払つた保証金三六〇万円の八割に相当する金二八八万円から相殺によつて消滅した原告の負担すべき三カ月の賃料債務金四三万二、〇〇〇円を控除した残額金二四四万八、〇〇〇円の支払を求める限度において理由があるからこれを認容するが、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条を、仮執行および免脱の宣言について一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。(塩崎勤)

物件目録<略>

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